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11月に入り、寒さが増してきました。
秋は少しだけ、物憂げな季節です。

秋といえば晴れた空が高くなり、澄み渡ります。
夜は長くなり、月をつまみにお酒を楽しんだり。
長雨の時は読者を楽しんだりしますね。

しかし、昼と夜の気温差は大きく、木々は紅葉してクルクルと葉が落ちます。
そしてため息を『ハァ〜』とか(笑)


実りの秋であり、熟成の季節とも言えますが、やはり昔から和歌にしろ、三夕にしろ、古人達も秋は物寂しさを感じたようですね。

いずれにしても日本独特のこの季節を、明るく稽古して楽しみたいものです。

と!そこに居るのは、フランス人のアップルプリンちゃん!

ボンジュー、トレビアーン! 天使のようですなぁ。

聞けば、豪栄カラテに入りたいとか・・・

オゥ・・・

君のような娘は、お家でガレットを作って食べてるだけで素晴らしいのに!


うーむ。ピンク色の道着を用意しようか(本当に検討中)・・・

龍星『習いたいって言ってんだから、ニヤけてないでさっさと教えろよ!』

私『うるさい奴だ。じゃあ龍星、君が厳しく指導しなさい』

龍星『いいですよ。アップルプリンちゃ〜ん。英語話せる〜?どれがやりたいかな〜?ミットは少し早いかもね〜』

アップルプリン『私、蹴ったりするのウマイの』

龍星『ほ〜どれどれ?本当だ!うまいね〜僕よりうまいね〜。ムリしないようにね〜フフフ(笑)次は何して遊ぶ〜?』

私『・・・』

龍星『師範!アップルプリン可愛い!』

私『ウィ』
2009.11.02 Mon l 未分類 l top ▲
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自転車をいただきました〜!
秋の香りはいいですね。

何だか最近の自転車は軽いようで、今にも壊れそう・・・

自転車に乗ってると、注意しなきゃならないことがあります。

『俺はどこまでも行けるぜ〜』と調子に乗って遠くまで行くと、帰り道は『家が遠すぎるぜっ』となるので、気をつけましょう。

車を運転していると、自転車の人に『空気読めないチャリだな!危ねーぞ、フラフラしやがって!そのとんがったヘルメットは何のつもりだ!』と思います。

しかし自転車に乗っていると『強引な車だな!偉そうに走りやがって、早めにウィンカーださんかい!とんがったヘルメを投げつけたろかい!』と思います。

1人で笑顔全開で走っている私を見ても、声はかけないで下さい。

転びます。
2009.10.29 Thu l 未分類 l top ▲
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豪栄空手の道場には、大山倍達総裁の写真が飾られており、道場生には礼をさせています。

人は成長すると自分の力だけで強くなった気になってしまいがちですが、先人のお陰だということを忘れないようにしています。

大山総裁の人間性や強さについては語り尽くされ、様々な噂やエピソードがあり、真偽は闇の中です。


しかし、確かなことは死してなお、この人物のエコーは世界中に今もって響いているという事実です。

オランダキックボクシング業界なんかは、元極真の人達ばかりですね。

大山総裁を尊敬していると言う極真の外国人選手と話していても、気持ちの良い人達ばかりです。

自分が得たものよりも、人に与えたものの壮大さが尋常ではないと思えます。


私は今まで少なからず、人との別れを経験しました。
辛い別れもありましたが(聞かないで)、思い出が残っています。

しかし、大山総裁には会って指導を受けたことがないので、思い出すらありません。

叶わぬ願いですが、本当に会いたかった人です。


八巻先生や、廣重先生が大山総裁とのエピソードを話すのを聞いて、感銘を受けたり笑っちゃったりしたものです(極真の高弟達は全員大山総裁の真似ができます)

『君ね〜、マイホームにマイカーと綺麗な奥さんがいる。そんなもの男の見る夢じゃないのよ〜。金も名誉も追わずに、人生でたった一度の大勝負に賭けてみなさいよぉ。そしたら金も女もトラック一杯に運ばれてくるぞぉ!それが男じゃないのかねぇ!』


そんなことを言える人は、今は居ないですよね(笑)


大山総裁には、マイホームもマイカーも綺麗な奥さんも金も名誉もありましたが(笑)、誰も成しえない大勝負をしたことも事実です。

大山総裁の教えは、儒教精神と武士道、そして自らの実体験などがミックスされたものです。

私が修行していた城南支部には、ジャンピング・スクワットを千回やる、という名物チャレンジがありました。

これは尋常ではない話で、完遂したのは緑健児先生と数見先輩だけとのことでした。
体重100キロ以上で完遂できた人は数見先輩だけでした。
これも、とんでもないことですが、大山総裁も凄かったようです。


私は昔、大山総裁が若い頃に行っていた、合宿での基礎体力トレーニングの記録ノートを見させていただいたことがあります。
フィジカルトレーニングのことです。


私は愕然としました。


黄色く変色しているそのノートには鉛筆で、途方もない数字の、腕立てや懸垂の数字が羅列されていました。
百回につき、『正』の字のぼう線を一本引いているようでした。

『正』の字はノート一杯に埋まっていました(笑)

私が苦しんだ黒帯研究会とは、又少しレベルが違うものでした。


今の私と同い年くらいだったのかもしれません。

走り書きの言葉で、『まだ足りないな』とか『負けてたまるか』などと書いてありました。

そのノートは、ありふれたノートでしたが、地味に羅列してある『正』の字から私はしばらく目を離せませんでした。


『これがお前にできるか?』
『稽古をしないで強くなる方法があるかぁ?』

『どうして倒せないか。それは君に覇気がないからだよ!』

『売られたケンカは買う!大山は背中を見せない!』
『空手に必殺技や奥義なんかないのよ!奇跡は稽古からしか生まれない!』


ノートの中から、若き大山総裁の咆哮が聞こえるようでした。


私は大山総裁から伝わるDNAを大切にして、大山道場のつもりで豪栄空手をやっています。

もちろん伝説とは違い、優しい指導です(笑)


闘争とは本来、雄にとっては当たり前に備わっていた本能ですが、現代人の雄には必要のない本能となりました。
特に日本はそうだと思います。
世の中が平和ボケしてしまっているようです。


何事も突き詰めればそうだと思いますが、空手は時に酷く痛みを伴うものです。

痛みを伴って得た、愛や優しさこそ本物だと私は感じています。

だから私は痛みを伴わない、理屈や理論は大嫌いで信用しません。

痛みを伴わずして、『お金を稼ごう』とか『癒されたい』とか、そういうものは今の時代を象徴したものです。

ストレス社会とか、先の見えない時代を〜とか言いますが、それも大嫌いです。

現代の流行りものと、私の性格があまりにもアンマッチなので苛立つことが多いんです(笑)


こんな豊かな時代に、『疲れる』とか『先の見えない』なんて馬鹿げてます。

そんな人達は、アフガンとか南アフリカとかに旅行に行ったらいいかもしれません。
日本に帰って来たらストレスは吹っ飛び、よく先の見える人になっていると思います(笑)


痛みやストレスに対しての生態的な反応こそが、人間が生きていくということだと思います。

ポジティブになりたくても、叶わない時があります。

そこから幸せへの道や、打開策を探す作業が、人間の価値ですよね。


道場のジュニア達は宝物ですから、彼らが逞しく道を歩み、又周囲を力強く変えてくれたらと思っています。


肉体や精神を追い込むこと、そして気が遠くなる時間を継続していくこと。

何かを成し遂げる時に、他の方法があるでしょうか。
私は人を愛したくて、人から愛されたくて闘います。
そして、昨日より少しでも優しくなれたり、人生を心から楽しめたりすればいいと思っています。


少しだけ痛いけれど、人生は素晴らしいと信じています。

それでは、今回をもちまして私の自己紹介は終わります。

そのうち又ふざけた日記に戻っていると思います。

ありがとうございました。
2009.10.26 Mon l 未分類 l top ▲
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私は道場以外に色々な仕事や会社をやっていますが、豪栄空手を始めた理由は、皆さんに自分を再確認する場所として提供したかったという気持ちがあります。

人間は、生きている上で正義に生きたくとも、大義としての自分を受け入れなければならない時があります。
『男はつらいよ』と言いながら、自ら煮え湯を飲む時もあるでしょう。

そんな時には自分を見失いがちです。

『俺ってなんなんだ?』

『何の為に生きてんだ?』

人間は孤独です。

神様を信じることすら、永遠の孤独から逃れる為のように思えます。

これは友達が多いとか、LOVELOVEチュッチュッな恋人が居るとか、支え合える家族が居ることとは、全く無関係です。

誰しもが持っている、自分だけの心のエアポケットというか、絶対的な孤独景色です。

人は何かを信じていないと、生きていけない動物だと思います。

ただ、世の中にこれだけ宗教が繁栄していることで分かるように、自分以外を信じることは簡単です。


それと比べて、自分を信じることは、容易じゃないです。

なぜなら狡猾で怠惰な自分の影を、己だけは見ているからです。
自分を信じてあげられないから、神様とか仏様とか、黄色い髪の毛のオバサン(おじさん?)とかを信じたくなるんですね。


道場はそんな自分と向き合い、造る場所です。


きっと昔私が憧れた空手家達の美しさは、懸命に自分と闘っていることが伝わってきたからなんだと思います。


道場だけではなく、様々な場所で自分の構築はできると思います。

それぞれが自分の性分と合った場所で行えば、素晴らしいですね。


私としては、自分の人生には激流よりも、スムーズなセイリングを望んでいます。

性質上、そちらの方が合っていると思うからです。

しかし人生とは、とかく皮肉なもので、激流ばっかりです(笑)


そのせいか、『見てきた地獄が違うわい』『生きてきた修羅場が違うぞコノヤロー』というエネルギーというか、意地があります。


そんな負のエネルギーが、いつか本当の私の自信になったらいいな、と今は考えています。

やっぱり、自分を信じなきゃ人生じゃないですから。
次回で、私の自己紹介は最後となります。

最後は、大山倍達と私。

続く・・・



2009.10.24 Sat l 未分類 l top ▲
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写真のお花畑から、私の顔が出ているバージョンもありましたが、やめておきました。

私の年齢が27才ということもあり、周囲から『総合に出ないんですか?』とか『プロ選手はやっぱり強い?』など聞かれたりします。

私は今のプロ格闘技には、特に興味がありません。

見たい試合は、ピーター・アーツ選手やヒョードル選手の試合くらいですね。

なぜなら興味を持てるような背景や思想・人格を持っている選手が、あまり居ないです。


ちなみに大多数のファンにも、違和感を感じます。


総合の試合では、マウントポジションからのパウンドで、顔にパンチが当たるたびに観衆は『オーイ!オーィ!』と気色悪い掛け声を出します。

闘っている選手に対してのリスペクトが無いですね。
しかし、それは選手にも原因があり、闘いに対する哲学があまりにくだらなそうな人が多いからです。

観客にも運営サイドにも、物扱いされたら悲しいですよね。


今のプロ格闘技の人達は稽古量は凄いし、強いです。
しかし『強いから何なの?』と思ってしまいます。

延々と食べ続けるギャル曽根ちゃんを見て、『だから何?』と言いたくなるのと同じです(たくさん食べる女性は好きです)


例えば、オリンピックで金メダルの人が、総合格闘技に挑戦する。
日本国民は興味を持ちます。
すると、『一番強くなりたいから』それじゃ困りますね。
『平和な世の中やの〜』と思ってしまいます。


別にそんな人達に勝っても負けても、どっちでもいいような気がしてしまうのです。
ヒョードル選手は、最も強い選手の一人だと思います。
しかし彼が『世界一強くなりたい』と言っていたのを聞いたことがありません。
常に『対戦相手のことよりも、自分を磨きたい』と答えています。

おそらく、『人より強くなりたい』というくらいの覚悟では、最強になんか近づけないのでしょう。


『強くなる』ということは何かへの手段であって、目的ではないと思います。


もちろん総合のジム生やプロ選手には立派な人がたくさん居ますし、武道を学んでいても、くだらない人間はたくさん居ます。

ただトップ選手には、もっと憧れを持てる人がいて欲しいものです。

試合を見てる観衆が涙を流すような、人の生き方を変えるような格闘家が出てきて欲しいです。

そんな強い格闘家の人が居たら、是非とも全身全霊で挑戦してみたいですね。


続く・・・
2009.10.22 Thu l 未分類 l top ▲