

豪栄空手の道場には、大山倍達総裁の写真が飾られており、道場生には礼をさせています。
人は成長すると自分の力だけで強くなった気になってしまいがちですが、先人のお陰だということを忘れないようにしています。
大山総裁の人間性や強さについては語り尽くされ、様々な噂やエピソードがあり、真偽は闇の中です。
しかし、確かなことは死してなお、この人物のエコーは世界中に今もって響いているという事実です。
オランダキックボクシング業界なんかは、元極真の人達ばかりですね。
大山総裁を尊敬していると言う極真の外国人選手と話していても、気持ちの良い人達ばかりです。
自分が得たものよりも、人に与えたものの壮大さが尋常ではないと思えます。
私は今まで少なからず、人との別れを経験しました。
辛い別れもありましたが(聞かないで)、思い出が残っています。
しかし、大山総裁には会って指導を受けたことがないので、思い出すらありません。
叶わぬ願いですが、本当に会いたかった人です。
八巻先生や、廣重先生が大山総裁とのエピソードを話すのを聞いて、感銘を受けたり笑っちゃったりしたものです(極真の高弟達は全員大山総裁の真似ができます)
『君ね〜、マイホームにマイカーと綺麗な奥さんがいる。そんなもの男の見る夢じゃないのよ〜。金も名誉も追わずに、人生でたった一度の大勝負に賭けてみなさいよぉ。そしたら金も女もトラック一杯に運ばれてくるぞぉ!それが男じゃないのかねぇ!』
そんなことを言える人は、今は居ないですよね(笑)
大山総裁には、マイホームもマイカーも綺麗な奥さんも金も名誉もありましたが(笑)、誰も成しえない大勝負をしたことも事実です。
大山総裁の教えは、儒教精神と武士道、そして自らの実体験などがミックスされたものです。
私が修行していた城南支部には、ジャンピング・スクワットを千回やる、という名物チャレンジがありました。
これは尋常ではない話で、完遂したのは緑健児先生と数見先輩だけとのことでした。
体重100キロ以上で完遂できた人は数見先輩だけでした。
これも、とんでもないことですが、大山総裁も凄かったようです。
私は昔、大山総裁が若い頃に行っていた、合宿での基礎体力トレーニングの記録ノートを見させていただいたことがあります。
フィジカルトレーニングのことです。
私は愕然としました。
黄色く変色しているそのノートには鉛筆で、途方もない数字の、腕立てや懸垂の数字が羅列されていました。
百回につき、『正』の字のぼう線を一本引いているようでした。
『正』の字はノート一杯に埋まっていました(笑)
私が苦しんだ黒帯研究会とは、又少しレベルが違うものでした。
今の私と同い年くらいだったのかもしれません。
走り書きの言葉で、『まだ足りないな』とか『負けてたまるか』などと書いてありました。
そのノートは、ありふれたノートでしたが、地味に羅列してある『正』の字から私はしばらく目を離せませんでした。
『これがお前にできるか?』
『稽古をしないで強くなる方法があるかぁ?』
『どうして倒せないか。それは君に覇気がないからだよ!』
『売られたケンカは買う!大山は背中を見せない!』
『空手に必殺技や奥義なんかないのよ!奇跡は稽古からしか生まれない!』
ノートの中から、若き大山総裁の咆哮が聞こえるようでした。
私は大山総裁から伝わるDNAを大切にして、大山道場のつもりで豪栄空手をやっています。
もちろん伝説とは違い、優しい指導です(笑)
闘争とは本来、雄にとっては当たり前に備わっていた本能ですが、現代人の雄には必要のない本能となりました。
特に日本はそうだと思います。
世の中が平和ボケしてしまっているようです。
何事も突き詰めればそうだと思いますが、空手は時に酷く痛みを伴うものです。
痛みを伴って得た、愛や優しさこそ本物だと私は感じています。
だから私は痛みを伴わない、理屈や理論は大嫌いで信用しません。
痛みを伴わずして、『お金を稼ごう』とか『癒されたい』とか、そういうものは今の時代を象徴したものです。
ストレス社会とか、先の見えない時代を〜とか言いますが、それも大嫌いです。
現代の流行りものと、私の性格があまりにもアンマッチなので苛立つことが多いんです(笑)
こんな豊かな時代に、『疲れる』とか『先の見えない』なんて馬鹿げてます。
そんな人達は、アフガンとか南アフリカとかに旅行に行ったらいいかもしれません。
日本に帰って来たらストレスは吹っ飛び、よく先の見える人になっていると思います(笑)
痛みやストレスに対しての生態的な反応こそが、人間が生きていくということだと思います。
ポジティブになりたくても、叶わない時があります。
そこから幸せへの道や、打開策を探す作業が、人間の価値ですよね。
道場のジュニア達は宝物ですから、彼らが逞しく道を歩み、又周囲を力強く変えてくれたらと思っています。
肉体や精神を追い込むこと、そして気が遠くなる時間を継続していくこと。
何かを成し遂げる時に、他の方法があるでしょうか。
私は人を愛したくて、人から愛されたくて闘います。
そして、昨日より少しでも優しくなれたり、人生を心から楽しめたりすればいいと思っています。
少しだけ痛いけれど、人生は素晴らしいと信じています。
それでは、今回をもちまして私の自己紹介は終わります。
そのうち又ふざけた日記に戻っていると思います。
ありがとうございました。